ゆりカン!!

ゆりかの観劇記録です

【観劇記録】『アナスタシア』を見に行ってきた

 

先日、ミュージカル『アナスタシア』を観劇してきました。

 

公式HPはこちら↓

https://www.anastasia-musical-japan.jp

 

『アナスタシア』はもともと1997年にアメリカで発表されたアニメ映画を元に制作されたミュージカルです。

オリジナル版は2017年からブロードウェイにて上演されたもの。

 

今回の日本での上演は実は二度目。2020年の初演は52回もの公演数を予定していたもののコロナの猛威により14回の上演しか叶わず・・・2023年の今年度の上演はファンはもちろん制作陣も待望の再上演となったわけです。

 

私は9/12~10/7の日程で東急シアターオーブにて上演中の東京公演を観劇してきました。東京の他、10/19~10/31まで梅田芸術劇場メインホールにて大阪公演が控えています。

 

今回の観劇記録は楽曲を中心に印象的だったシーンを纏めていきますのでこれから観劇される方はネタバレにご注意ください!

 

 

まずは簡単あらすじから。(役名の横に観劇時のキャスト名を記載しています)

舞台は20世紀初頭のロシア。ロシア帝国皇帝の末娘として生まれたアナスタシア。宮廷で華やかで幸せな生活を送っていたがボリシェビキ(後のソ連共産党)の攻撃により、マリア皇太后(麻美れい)を残して皇帝一家は死に追いやられる。

しかし、市民の間では「アナスタシアだけは実は生きているのではないか」と言う噂が広まっていた。パリに住むマリア皇太后は「アナスタシアは生きている」と信じて賞金を懸けアナスタシアを探し続けていた。

その話を聞きつけた詐欺師のディミドリ(内海啓貴)とラウド(石川禅)はアナスタシアに瓜二つの記憶喪失のアーニャ(木下晴香)という少女を利用して賞金を騙し取る計画を企てる。

一方ロシア政府はアナスタシアの生存について調査を進めていた。ボリシェビキ将官グレブ(海宝直人)にはアナスタシアの暗殺命令が下った。

アーニャ、ディミドリ、ラウドの3人はマリア皇太后の住むパリに向けて出発する。

パリに向けての道中、ディミドリとラウドはアーニャをアナスタシアとして仕立て上げるために皇族としての振る舞いや皇帝一家の知識を教え込んでいく。そんな中アーニャの薄れた過去の記憶も段々と蘇っていく…

 

 

 

 

 劇場内に足を踏み入れると、カラフルな花柄のスクリーンにANASTASIAの題字、幕全体に照明か、プロジェクションマッピングの効果でしょうか、雪が舞っていて幕が上がる前から一気に世界に引き込まれます。オケピでは音楽隊の皆さんが既にチューニングをされていました。私はアニメ映画を見た以外ほぼ事前情報皆無の状態で来てしまったため、ここで初めて生演奏なことを知りテンションが上がりました。

 

本題に入る前に舞台装置について少しお話しようと思います。

舞台上下手には窓の形の大型スクリーンが設置されており、最初の宮廷のシーンでは窓枠の向こうに雪がちらついてるのが見えます。面白いと思ったのが、この窓、実は回転盆の上に乗っかっているLEDパネルでプロジェクションマッピングにより場面ごとにくるくると回転して様々な背景に変化していくのです。時には宮廷の大窓に、時にはロシアの街中に、時にはパリの美しい景観に…。一族破滅のシーンでは宮廷の窓の外から真っ赤な炎に燃え上がっているのが見えるんですよね。『呪いの子』を見たときにも感じましたが、最近はプロジェクションマッピングを演出の一環として取り入れている舞台も増えてきているように感じます。

ミュージカル含めて演劇ってその物語、歌、ダンス、お芝居を観ているだけでも面白いのに、現代技術を駆使し始めたら最早アトラクションと言っても過言ではないくらい、進化は止まらないなあと思いました。

 

~第一幕~

M1 遠い12月

 物語は宮廷の寝室から始まります。ベットには幼いアナスタシアとマリア皇太后。マリア皇太后はアナスタシアにオルゴールを手渡します。二人によって歌われる子守歌。このオルゴールが物語の大切な鍵となっていきます。

 

M2 ペテルブルクの噂

 皇帝一家の破滅後の街中はアナスタシア生存問題の噂でざわついています。路上では皇帝一家の遺品の競りが行われています。遺品と言っても持ちろんパチモンも混ざってるのでしょう。ここで登場するのが詐欺師のディミドリ、ラウド。街では例のオルゴールも競りにかけられているのですが、ディミドリはこれを豆の缶詰2缶で買い取ります。笑いました。この時点ではディミドリも競り師もオルゴールの真実について分かっていないのでしょうがないのですが、あまりにもあっさりとした交渉でそんなので売っていいのか?と突っ込んでしまいました。

 

M3 夢の中で

 ここでアーニャ初登場です。映画版では「journey to the past(過去への旅)」がM1になっているのでこの曲は舞台オリジナル版です。木下晴香さん、初めて生で歌声を聴いたのですがとても良かったです。良すぎて感動を超えてびっくりしました。 ご本人も歌声も可憐なイメージを勝手に抱いていたので、気の強いサバサバ系のアーニャどうなるのだろう・・・と思っていたのですが、とってもぴったり。声質自体は大変綺麗なんですが芯の真っ直ぐ通っている歌い方がまさにアーニャでした。

 

M4 新たな噂

 グレブの政府事務所のシーン。ミュージカルファンの皆さんに怒られそうですが海宝直人さんも今回の舞台で初めてお見受けしました。私の観劇メモ、目線は舞台に向けつつ手元のメモ帳に殴り書きしているので、ほぼ何と書いてあるのか自分でも意味不明なのですが、このシーンについてはデカデカとはっきりした文字で「かっこいーこえもよいー」と書いてありました。いや、かっこよかったですね。海宝さんはディミドリも演じられているとのことで、そちらの役柄でも見てみたいなと思いました。

 

ここから数行は余談なので暇な人だけ読んでください。

 帰りの電車の中でBW版のサントラを聴いていたのですが、この曲で聴き覚えのある歌声が流れてきてもしかしてと思いアーティスト欄を見たら、Ramin Karimlooって書いてあったんですよ。え、まってBW版ではラミン・カリムルーがグレブだったの?と大衝撃を受けました。ラミン・カリムルーさんについては別の記事で詳しく書けたらと思っているのですが、実はラミン・カリムルーさんが大好きなんですよ。アナスタシアに出演されていたことを知らなかったのでファンという表現はあえて避けますが、ラミン・カリムルーのグレブ絶対かっこいい…!!!と電車の中で打ち震えていたという話でした。

 

M5 やればできるさ(+リプリーズ)

 この曲はアニメ映画にも登場する楽曲なのでご存じの方もいるかも知れません。ディミドリとラウドがアーニャに「君はアナスタシアになれる!」とアナスタシアの人となりや過去について教授しながら説得というか丸め込めてる様子を歌った軽快で楽しい楽曲です。アニメではロシアからパリに渡る道中で歌われるこの曲。舞台版では詐欺師二人のアジトの宮殿で歌われています。アニメ版では移動しながら情景がくるくる変わる中、アナスタシア特訓が行われる様が騒がしく描かれています。観劇しながら『美女と野獣』の「ビー・アワー・ゲスト」を思い出しました。3人だけの掛け合いとは思えないくらい賑やかで個人的には大好きな楽曲です。

 ちなみにラウド役の石川さんはアニメ版の吹き替えでディミトリ役を担当されており、時を経て舞台版ではラウド役に。全然関係ない私でも感慨深さを感じました。ラウドのキャラクターはコミカルで面白くご本人もとても楽しそうに演じられていたのが素敵で印象的でした。アドリブも所々入れていらっしゃって作品への愛を感じました。

 

M7 俺のペテルブルク

 ディミドリによって歌われるこの楽曲。ディミドリが自身の中にあるアーニャへの恋心に気づき始めます。もうここまで来たら言う必要はない気がしてきましたが、ディミドリ役の内海さんも初めましてでした。内海さんのディミドリしか観劇しませんでしたが、みずみずしい歌声と爽やかな存在感(詐欺師だけど)がアニメ版ディミドリに近いものを感じ、ハマり役!と思いました。木下さんの際にも述べましたが歌が素晴らしくてびっくりしました。歌声がどこまでも伸びる伸びる…。今回の出演者さんの中で一番エネルギーを感じた歌声でした。歌の最後「俺のこの町をー」のロングトーンは鳥肌ものでした。良すぎた。

 

M10 新たな旅立ち

 マリア皇太后に会いに3人はパリに向かいます。M5でも述べたようにアニメは(恐らく)馬車移動でしたが舞台は他の乗客の方と共に電車移動です。この楽曲も「やればできるさ」と同様に軽快な楽曲です。3人のそれぞれのパリに向けた期待と不安が歌われています。ちなみにパリへの入国申請書はもちろん詐欺師二人が作り上げた偽物なので、逃亡の噂を聞きつけたグレブ側によって捕まりそうになります。慌てた3人は電車から飛び降りて難を逃れます。

 

M11 それでもまだ

 グレブが心の内の葛藤を歌います。皇帝一族を死に追いやったのはグレブの父なので、息子のグレブには政府からアナスタシア暗殺命令が下っています。M6のネヴァ川の流れでグレブは詐欺師と行動を共にしているアーニャに一度忠告をしています。アーニャに「誰もが別の誰かになることを空想する」と諭されるクラブ。しかしグレブは冷酷な姿勢を貫きます。「革命に感情はいらない」「一番記憶に残ったのは銃声ではなく静寂」「世界は息を止めた」

作品を通して伝えたいメッセージは何かを考える際にグレブの台詞や歌唱は大変重要な要素になってくると思います。ただ私が勉強不足すぎたためグレブに関しては十分に理解できない部分が多々ありました。

父が成し遂げることができなかったアナスタシアの暗殺=父親の息子である自分の使命、また直接的に語られてはいませんが、グレブはアーニャに恋心を抱いています。この二点からクレブは自身の心の葛藤と戦い続けます。

 

M12 過去への旅

 一幕ラストのこの楽曲、アナスタシアのメインテーマと言って良いでしょう。アニメ版の原題は「Journey to the Past」でなんと一番最初に歌われています。舞台版ではパリに着いたアーニャがピンクの花々(あれは桜でしょうか…色々調べてみましたが花の種類と意味合いは結局分からず…)を背景に高らかに歌い上げます。アニメ版では孤児病院を出たアーニャが「これから本来の自分自身を探すぞ、取り戻すぞ」と、決意表明の役割を果たしている曲です。一方舞台版ではアーニャ自身も忘れてしまった過去の記憶のかけらを拾い上げながら「自分は本当にアナスタシアかもしれない」と思い始めるタイミングで歌われています。物語も演者も客席も暖まってきたタイミングでこの曲を入れてくる演出、上手いこと創られているなあと一杯食わされた感がありました。

 この楽曲自体はどんどん上昇していくような曲調ですが、音域は中音域で留まっているので、“歌い上げる”と言う意味では結構難しい曲なのではないかと思います。ですが木下さんの歌唱は想像以上に素晴らしく、ここでも鳥肌が立ちまくりました。声質はとっても綺麗なのですが感情にバンバン訴えかけて来る力強さもあって格好良かったです。この曲を聴きながら、この瞬間だけはアーニャでもアナスタシアでもない、一人の少女の中に二人が共存しているような不思議な感覚を得ました。

 

~第二幕~

 

の前にアニメ映画と舞台版の違いについてお話したいと思います。

 

 ここではあえて“悪役”としますが、大きな違いはその設定です。アニメ版では皇族一家はラスプーチンという魔法使いによって滅ぼされるというファンタジー要素が組み込まれているのに対して、舞台版ではそれがボリシェビキ及びグレブと具体的に人物として描き出されているという点です。

この悪役ともう一人、舞台版でよりフューチャーされているのがマリア皇太后に仕えるリリー(マルシア)です。アニメではソフィーとして登場します。

 

M16 過去の国/貴族とただの男

 リリーはマリア皇太后に仕える伯爵夫人です。また、かつて皇帝に出入りしていたラウドの元恋人でもあります。アニメしか見ていない筆者は舞台ではリリーが主要キャラクターになっていることに対して疑問を抱いていました。ソフィーのファンの方がこの文章を読んでいたら大変申し訳ないのですがアニメでは完全にチョイ役だったからです。なのでこの2曲を聴いた際は「舞台版リリーはこの路線なのか」と少し驚きました。

 「過去の国」はクラブでリリーがアルコールを煽りながら過去と現在の自分を皮肉的に歌い上げています。内容的には結構悲惨なリリーの人生が語られていますが、リズミカルな楽曲とマルシアさん演じるリリーのキャラクターが強烈で観客にとっては楽しめる楽曲のうちの一つかなと思います。

 続く「貴族とただの男」ではリリーとラウドの再会を歌っています。ラウドのコミカルさとリリーの妖艶な歌唱が面白くマッチした舞台オリジナルの楽曲です。二曲に共通して言えることですが、リリーはアナスタシアから少しかけ離れた人物でもあるので二幕での彼女の登場は物語の良いスパイスになっているとも感じました。

 

M18 幾千万の群衆の中

 悪夢から目覚めたアーニャにディミドリが語りかけます。過去に君に一度会ったことがあると。アーニャとディミドリの幼き頃の記憶のピースがぴたりと合わさる瞬間です。歌い終わりにディミドリがアーニャに跪き「皇女様…」と呟く瞬間がなんとも切ない。この呟きとともに二人はお互いの過去と格差を叩き付けられ、合わさったピースはすぐに離れていくのです。美しく静かな旋律がさらに涙を誘いました。

 

M21 バレエでの四重奏

 LEDパネルが回転し、今回は背景ではなく客席が出てきました。パリでのバレエ観劇のシーンです。客席には演者が実際に着席しており、舞台中央ではダンサーが白鳥の湖を演じています。アナスタシア、ディミドリ、マリア皇太后、グレブの4名による豪華な四重奏とともにバレエ公演も進んで行きます。この楽曲は聴き応えも見応えもあり個人的にはお気に入りでした。なんと言っても「お客さんも演者にしちゃう手法」が用いられていてワクワクしました。

 

ここから数行は重要ですがまたも余談なので読むのが億劫になってきた方は飛ばしてください。

 

 「お客さんも演者にしちゃう手法」は私が勝手に名付けたものですが、『オペラ座の怪人』の「think of me」の演出方法のことです。オペラ座の怪人の劇中劇で歌われるこの楽曲。ヒロインのクリスティーヌが歌い終わると客席からは拍手が起こります。「think of me」は劇中劇を見ているラウル(クリスティーヌと恋仲になる人)パートもあるので、ラウルも舞台上の客席で見ているのです。そしてラウルも曲が終わるとクリスティーヌの歌声に拍手を送ります。

 つまり何が言いたいかというと、ラウルと一緒に拍手を送っている観客(客席)もラウルと同じ立場=演者となる瞬間が発生するのです。オペラ座の怪人を見に来ているお客さん達に対して“劇中劇を観劇する観客”という役柄が自然と生み出されているというわけです。

 以上が「お客さんも演者にしちゃう手法」です。アナスタシアでは「バレエでの四重奏」の後、客席セットに着席している演者は挨拶をするダンサーに拍手を送ります。アナスタシアを見に来たお客さん側ももちろん拍手です。ここで私は例のアレだ!と大変ワクワクしたというわけです。

 

M26 それでもまた/ネヴァ川の流れ(リプリーズ)

 グレブがアーニャ改めアナスタシアを殺しに来るシーンです。ここで「この人重要なシーン全部飛ばしてる…」と思った方、申し訳ないです。筆者の観劇メモが四重奏あたりから急に白紙になっているためです。観劇に集中してしまったのでしょうね。正直この楽曲についてもほぼ何もメモしていなかったのですが大事なシーンなのでアーニャを見習って記憶を頼りに一気に最後までいきます。

 皇女として赤いドレスを着飾ったアナスタシアに銃口を向けるグレブ。この楽曲は二人の激しい掛け合いであり、一幕でグレブによって歌われた楽曲のリプリーズでもあります。グレブはやはり最後まで父親の息子としてアナスタシア暗殺に執着します。アナスタシアはそれに対して「出来るものならやりなさい、私も父の娘」と対抗します。結局クレブはアナスタシアを撃つ事が出来ず自身を撃つことも出来ず去って行きます。

 

 この楽曲はやはりグレブの心情がいまいち理解出来なくてBW版の歌詞を調べてみたりしたのですが、結局よく分からないですね。「And soon it will be spring(もうすぐ春になる)」という歌詞があるのですがここがどうも引っかかります。アナスタシアのアニメ映画にも舞台にも言えることですが「雪」が重要なポイントになってると考えられます。アニメ映画は雪の中アナスタシアが自分自身を取り戻す決意を歌う「過去への旅(Journey to the Past)」から始まります。舞台版では雪がちらつく大窓の脇のベットで幼いアナスタシアとマリア皇太后が「遠い12月」、オルゴールから流れる子守歌を歌っています。アナスタシアにとって雪=冬はプラスの意味合いなのかもしれません。それに対してグレブのプラスの季節は春(皇帝一族を死に葬るとき)。ここが対になっていることを掘り下げて行くとまた何か分かるかも…。次回観劇時までの宿題となりそうです。

 

 

 

 さて、「アナスタシア」のテーマは過去と現在を通して自分を探すことが大きなテーマになっているかと思います。こうして記事を書きながら一本目から題材を難しくしすぎたなと若干後悔しているところですが、このミュージカルは「誰目線で見るか」でだいぶ捉え方が変わってくる舞台だと思いました。主役のアナスタシアに注目してしまいがちですが、ディミドリやリリー目線で観劇してみるのも面白そうですね。私はグレブ目線で考えすぎてしまって迷子になってしまいましたが。

 記録と称して記事を書きながらアナスタシアという作品について少し学ぶことも出来たので次回は葵アーニャで観劇出来ればと思います。

 

 ここまで読んで下さりありがとうございました!

 

※記事の作成にあたり2023年版パンフレット、2017年版BWキャストCDアルバムを参考にしました。